2011年11月08日
■アルバム『こがら沼・まずめの幻想』
1か月にわたってほぼ毎日向き合ってきた小川原湖の夜明けと夕暮れを、ここで一つの作品としてまとめてみましたのでご覧ください。とりあえず「秋バージョン」です。(^^♪
『こがら沼・まずめの幻想』
〜自然だけが支配する幻の楽園〜
地元の人たちは、古くからこの小川原湖のことを「こがら沼」(注1)と呼んでいた。
縄文の古代から人々はこの地で暮らし、その湖に支えられて生きてきた。
湖の大きさでは全国11番目であるがその存在はマイナーで、主にワカサギやシジミなどの漁場としての場。
この湖に観光に来る人はいない。十和田湖のように木々が美しかったり、断崖絶壁も無いし、水の色もそんなに美しくは無いからだ。
葦が生い茂る湿地沼。
これが小川原湖の本来の姿だからだろう。
だが、その小川原湖は人間たちが眠っている時間にかくも壮大でドラマチックな光の宴を繰り広げていたのだった。
人間が眠りについてその支配を離れ、自然だけが支配する「まずめ」(注2)の時間帯。
自然は誰にも遠慮することなく、ありのままの素顔を見せてくれた。
何千年も前から、繰り広げられてきたであろうその光景を前に、人間が足元にも及ばない宇宙規模のドラマに飲み込まれた。
不気味なまでに真っ赤に焼けた湖に魔物を見た。
雲は生きもののように動き、そして水はその姿を映し出した。
静寂な湖が怒りそして真っ赤になって燃えた。
太陽が昇ると鳥たちが一斉に騒ぎだした。
やがて人間が動き始めるころ、また自然は何食わぬ顔をしてまた普段着へと衣替えをする。
このまずめ時に、求めてやってくる人にだけ見せる「こがら沼」の素顔。
そこは、、、神が支配する幻想の楽園だった。
【追記】
この小川原湖へ1か月毎朝通いながら、その知らなかった本来の姿を探してきました。人間たちがまだ深い眠りについていて見たことがなかったその時間帯に、これほどまでに壮大で美しい光景が繰り広げられていたとは知りませんでした。
この写真を見た地元の人間でも「これが小川原湖か」と異口同音に驚きの表情を見せてくれます。
観光の地としては誰も見向きもしない小川原湖。
こういう所にカメラを向ける人もまた少ない。
しかし、時間帯を変えて見てみるととても言葉では言い表せない素晴らしい感動を与えてくれる湖でした。
太陽がうっすらと光を照らしはじめる頃から、この湖のドラマが始まります。
闇夜の青一色の世界から、やがて紫になり、そしてオレンジ色、赤の世界。
そしてまた青の世界へと変化をしていくのです。
それはまるで虹の七色を見ているような世界でした。
刻一刻と空を染めたその色はそのまま穏やかな湖面へ鏡として映し出されます。
この湖は波がとても穏やかであること、そして鳥たちの宝庫でもあること、さらに葦の群生が美しい場所であること、遠景の八甲田が美しい場所ということも再確認でき、毎朝新鮮な感動の連続でした。
これほどまでに「夜明け」「朝焼け」というものに向き合ったことももちろんありませんでした。真っ暗な朝四時起きの毎日もまったく苦にならないまでに自分を惹きつけた小川原湖。
まだ1冊の写真集としてはまとめるには早いとは思いますが、秋バージョンとしてその感動を届けたく作ってみました。
今回ほどテーマというものを持ち、そして訴えたいものを感じた作品もありませんでした。長年、私がずっと求めてきた「テーマ」は、意外にも自分の足元にありました。
***********
(注1)「こがら沼」---「小川原」のことを年配の人たちは「こがわら」という。この「こがわら」が訛って「こがら」という方言になった。
そして彼らはまたここを「沼」と呼んできた。
遠浅で最大水深は25mと浅く、十和田湖のような湖とはまた違っているからかもしれない。
(注2)「まずめ」とは、日の出・日の入りの前後の時間帯のこと。
posted by 青森あお at 07:30| Comment(4)
| ■小川原湖


